欲求赴くままに

あれがほしい、これがほしい、恋人がほしい、出会いがほしい、今よりももっといいか追い人が欲しい・・・人間が持っている煩悩のおかげで人間はどんどん贅沢になっていくのです。人間をうらやましいと思うことはあるでしょう。この人は自分よりもすぐれていると実感したことがない人間なんていないと思います。

それがどうしてもできることとできないことがある以上それによってもできることとできないことがあるのです。これは煩悩ということばで一生を苦しめられるということ。だって欲望があるから人間は幸せの価値を図らなければならなくて、欲望を埋めることができるのは限られた人間だけです。人間の煩悩の数が108つとされているから大晦日には除夜の鐘を108回たたくことになっていますが実はこれ、煩悩の数が108綱わけがないんです。

これは仏教の用語で百八というのは無限ということ。人間の欲望は無限に続くんです。だからこそ、いつまでたってもこれ以上のない幸福を感じることはなく、不幸だけが続いたりそして毎日神様にお祈りをしている人でさえ不幸を身に感じるときだってあるんです。そんななかでも人間にとっては欠かすことができない要望。それが性欲でしょう。

恋愛をしたいという欲望なんて存在しません。すべては性欲から生まれるものなんですから。恋愛なんて大変さ極まりありません。天秤にかけたときに男性と女性のどちらがより大変であるかなんてことは考える必要もないくらい男性と女性は平等である必要があります。どちらも大変だし本人にしか何を大変に感じているのかもわかりません。家で何か問題が起きているかもしれません。人間だれもが大体のことは自分を基準に置いて考えますよね。そしてそれを他人に押しつける、愚痴を言うなどしてその憂さを晴らそうとします。

その時の恐怖を体験した事を話したところで聞き手が十分にその恐怖感を理解することはできませんということと同じです。人がどうしてもできることをしているときには何があっても理解しようとする。友情がなんなのかももうわからなくなったりすると恋愛さえも理解できなくなるんです。それでもいいから人はどんどん恋愛を望むということは煩悩が果てしなく働いているからです。

メリットとデメリットという話をしましたが人にはもちろん限界があって、それを超えるかもしれない人との付き合いは自分自身を壊します。限界を感じている段階で完全にデメリットしか生んでいないんですから・・・